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『或阿呆の一生』(あるあほうのいっしょう)は1927年の芥川が亡くなった後に見つかった文章で、
51のごく短い断章から構成されています。
芥川が自身の人生を振り返って書き遺したものとされ、一種の自伝です。
「先輩」として谷崎潤一郎、「先生」として夏目漱石、発狂した友人として宇野浩二が登場します。
僕はこの原稿を発表する可否は勿論、発表する時や機関も君に一任したいと思つてゐる。
君はこの原稿の中に出て来る大抵の人物を知つてゐるだらう。
しかし僕は発表するとしても、インデキスをつけずに貰ひたいと思つてゐる。
僕は今最も不幸な幸福の中に暮らしてゐる。しかし不思議にも後悔してゐない。
唯僕の如き悪夫、悪子、悪親を持つたものたちを如何にも気の毒に感じてゐる。
ではさやうなら。 僕はこの原稿の中では少くとも意識的には自己弁護をしなかつたつもりだ。
最後に僕のこの原稿を特に君に托するのは君の恐らくは誰よりも僕を知つてゐると思ふからだ。
(都会人と云ふ僕の皮を剥ぎさへすれば) どうかこの原稿の中に僕の阿呆さ加減を笑つてくれ給へ。
昭和二年六月二十日 芥川龍之介 久米正雄君