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残怨白紅花盛
余多人切支丹寺
「ふうん読めんなあ。これあ......まるで暗号じゃないかこれあ」
私は苦笑した。二尺三寸ばかりの刀の中心なかごに彫った文字を庭先の夕明りに透かしてみた。
「銘めいは別に無いようだがこの文句は銘の代りでもなさそうだ。といって詩でもなし、和歌うたでもなし、漢文でもないし万葉仮名でもないようだ。何だい......これあ......」
「へえ。それはこう読みますんだそうで......残る怨み、白くれないの花ざかり、あまたの人を切支丹キリシタン寺......とナ......」
私はビックリしてそう云う古道具屋の顔を見た。狭心症にかかっているせいか、一寸ちょっとした好奇心でも胸がドキドキして来そうなので、便々たる夏肥ぶとりの腹を撫でまわして押鎮おししずめた。
幇間ほうかん上りの道具屋。瘠せっこちの貫七爺じいは済まし返って右手を頭の上に差上げた。支那扇をパラリと開いて中禿のマン中あたりを煽ぎ初めた。私はその顔を見い見い裸刀身はだかみを無造作に古鞘に納めた。
「大変な学者が出て来たぞ......これあ。イヤ名探偵かも知れんのうお前は......」
「ヘエ。飛んでもない。それにはチットばかり仔細わけが御座いますんで......ヘエ。実はこの間、旦那様からどこか涼しい処に別荘地はないかと、お話が御座いましたので......」
「ウンウン。実に遣り切れんからねえ。夏になってから二貫目も殖えちゃ堪まらんよ」
「ヘヘヘ。私なんぞはお羨しいくらいで......」
「ところで在ったかい。いい処が......」
「ヘエ。それがで御座います。このズット向うの清滝ってえ処でげす」
「清滝......五里ばかりの山奥だな」
<b>夢野久作(ゆめの・きゅうさく)b>
日本の小説家、SF作家、探偵小説家、幻想文学作家。
1889年(明治22年)1月4日 - 1936年(昭和11年)3月11日。
他の筆名に海若藍平、香倶土三鳥など。
現在では、夢久、夢Qなどと呼ばれることもある。福岡県福岡市出身。
日本探偵小説三大奇書の一つに数えられる畢生の奇書『ドグラ・マグラ』をはじめ、怪奇色と幻想性の色濃い作風で名高い。またホラー的な作品もある。