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むかしむかし、まだ愛親覚羅氏の王朝が、六月の牡丹のように栄え輝いていた時分、支那の大都の南京に孟世燾(もうせいちゅう)という、うら若い貴公子が住んでいました。
この貴公子の父なる人は、一と頃北京の朝廷に仕えて、乾隆の帝のおん覚えめでたく、人の羨むような手柄を奢わす代わりには、人から擯斥されるような巨万の富をも拵えて、一人息子の世燾が幼い折に、この世を去ってしまいました。
すると間もなく、貴公子の母なる人も父の跡を追うたので、取り残された孤児の世燾は、自然と山のような金銀財宝を、独り占めにする身の上となったのです。
年が若くて、金があって、おまけに由緒ある家門の誉を受け継いだ彼は、もうそれだけでも充分仕合わせな人間でした。
然るに仕合わせはそれのみならず、世にも珍しい美貌と才智とがこの貴公子の顔と心とに恵まれていたのです。
彼の持っている夥しい貲材や秀麗な眉目や明敏な頭脳や、それ等の特徴の一つをとって比べても、南京中の青年のうちで、彼の仕合せに匹敵する者はいませんでした。
彼を相手に豪奢な遊びを競い合い、教坊の美妓を奪い合い、詩文の優劣を争う男は、誰も彼も悉く打ち負かされてしまいました。
そうして南京にありとあらゆる煙花城中の婦女の願いは、たとえ一と月半月なりと、あの美しい貴公子を自分の情人にすることでした。