疑惑 JAL123便墜落事故 このままでは520柱は瞑れない

ebook 疑惑 JAL123便墜落事故

By 角田四郎

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日航ジャンボには自衛隊機が衝突したのか!?
政府・事故調査委員会の不可解な姿勢の裏に何が存在したのか...。
8年の歳月をかけた衝撃の告発!

【本文より】
確かに私は、自分の目がとらえている映像がなんであるのか、しばらくの間理解できなかった。(略)この40度もあろう急斜面を持つ山全体がまるで巨大なゴミの山と化しているのである。しかも、そのどんな一片に目をやっても、生々しい人間の非業の最期の苦しみがこびりついている。
気を取り直りして、機体の破片と520人の屍の上を私は登った。いつしか口をついて「ちくしょう、ちくしょう」とつぶやいていた。納得のできない現実の上を、私は歩いていた。夏の太陽の日射しも、高原の風も、鳥のさえずりも......私には届いていなかった。そうしたものの一切を私はまったく記憶していない。
あのむごたらしい光景は他の全ての夏らしい情景と切り離されたまま、今も私の脳裏にハッキリと蘇る。だがその映像は今となっては断片であり再構築された虚像である。そのとき現実ははるかに想像を絶するものであった。
【内容】
序章 事故原因は究明されていない
第1章 ドキュメント「JAL123便墜落」
第2章 深まる謎
第3章 証言者たち
第4章 墜落現場に立つ
第5章 なぜ隔壁破壊説なのか
第6章 事故調査委員会への疑惑
第7章 隔壁説は崩壊した
第8章 墜落現場特定の怪
第9章 日航操縦士との対話
第10章 真実を求めて
終章 迷走飛行の果てに
【著者】
角田四郎(つのだ・しろう)
1944年、京都生まれ。東京都福生市在住。北海道の酪農学園大学を卒業後サラリーマン生活を経て大阪万博職員となる。万博後、事業プランナーとして独立。1985年に起きた日航ジャンボ機墜落事故の原因に疑問を抱き、8年の歳月をかけて究明作業の疑惑を追及した著書『疑惑』を発表。1995年に発生した阪神・淡路大震災で、3ヶ月現地に留まってボランティア活動、以降、3年に及ぶ訪問活動を続けた。その後も、ナホトカ号重油流出事故、有珠山噴火災害、三宅島火山噴火災害でボランティア活動、1999年の台湾大震災では震源地の台湾中部山中に入り、台湾原住民ブヌン族の避難生活をサポートし現在も訪問活動を継続している。2004年発生の新潟県中越地震でも小千谷市吉谷地区の避難所活動を2ヶ月続け、その活動記録を『哀しみをみつめて』(ふきのとう書房刊)と題して報告した。ここの訪問活動も継続して行なっている。また、被災地活動の経験をいかし市民防災の啓蒙活動にも力を注ぎ、地元福生のボランティア・グループと共に宿泊型避難訓練等ユニークな活動を指導、講演活動もおこなっている。
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